
昨年暮れのことでした。
私はとても混雑している東京駅を急ぎ足で歩いていました。
数メートル前に、若い女性と、背の高い外国人の男性が並んで歩いているのが見えていました。
男性の方は身長がとっても高くて、おそらく1メートル90センチ以上あったと思いますが、
若い女性は小柄だったので、その身長さが際立っていました。
二人はスーツケースをひっぱりながら歩いていたせいもあり、ゆっくりと歩いており
私はもともと歩くのが早いし、この日は特に急いでいたため、
二人にすぐに追いついてしまいました。
そして、女性の側から追い抜かしたのですが、そのとき、女性の左腕に私のかばんが
少しですがぶつかってしまいました。
私はそのまま急ぎ足で歩き続けました。
すると、私は歩き続ける自分の右足に激しい痛みを感じました。
驚いて右へ振り返ると、なんと先ほどの女性が、スーツケースのキャスターの部分で
私の足を攻撃しているではありませんか!
女性は「ふん!」という表情をして、そのまま通り過ぎていきました。
私はとっさの出来事で唖然としてしまったのですが、
電車に乗ってから猛烈に腹がたってきました。
「そりゃ、ぶつかって謝らなかった私も悪いけど、
仕返しすることないじゃないのっ(怒)!!」・・・・・と。
そのイライラは結局、その日一日収まらず、夜までずっと嫌な気分でした。
「なんなのよアイツ!性格ワルイったらありゃしない!」
「なんでちょっとぶつかったくらいでこんなに嫌な思いしなくちゃいけないの!
一日が台無しじゃないの!」
そして、夜、帰宅してからいつものようにメールチェックをして、
最近購読しはじめたメールマガジン「今日のフォーカスチェンジ」に目を通したら、
その日のテーマは「波長」でした。
★★★
まわりのこと・もの・ひとで、
そのために、不快な思いをしたり、
怒りを感じたりした場合、単純に言うと、
波長が合っているということ。
それが、
見える・聴こえる・感じる
ということは、自分がそれを受け取る態勢に
あるということだから。
そのスパイラルを終了させるためにやること。
まず、自分が感情を乱されること・もの・ひとを
思い描いてく。
そのこと・もの・ひとが発しているエネルギーを、
判断をまじえずに、ただ、感じてみる。
それに反応して
こころが動いたら、あきらかに、波長が合っている証拠。
そこで、選択をする。
その波長を受け入れるのは、
もうやめると、選択する。
選択ができたら、こころのなかで、その波長を直接浴びない位置に、
移動してみる。。
(ちょっと高いところにのぼるほうが効果的)
その位置で、もう一度、そのこと・もの・ひとを見てみる。
まだ、こころが動くようなら、
その波長のうずの圏内に
いるということだから、さらに距離を置いてみる。
そして、もう一度、そのこと・もの・ひとを見る。
ここまで来ると、いろいろなものが見えてくる。
(ちょうど、台風の目を真上からとらえているようなもの)
渦中にいると、振り回されるが、圏外であれば、冷静に、
その全体像が見えてくる。
すると、どこが、波長の合ってしまう部分で
あったかも、見えてくる。
そして、静かに、その共振の輪からはずれてみる。
これは、あくまでもこころのなかのできごとで、現実が変わるわけではない。
でも、同じ現実に直面したとき、自分のありようが変わる。
あなたのありようが変われば、もう、共振は起こらない。
波長が合わなくなり、そのことで、こころをわずらわされることはなくなる。
そして、時間差はあるけれど、波長が変わると、やがて、
現実も変化していく。
・・・・というものだった。
★★★★
なるほど!
と思った私は、さっそく今朝起きた嫌な出来事を使って、試してみました。
女性が私の足をスーツケースのキャスターで攻撃した。
腹が立つ私。
東京駅での私とその女性。
私はそこから少し、数メートル浮上してみます。
私は女性を見下ろしています。
おや。イライラが少しおさまりました。
さらに浮上してみます。
女性の頭が私の足から数メートル下に見えます。
ふむふむ。
なんだかささいな出来事に思えてきたぞ。
さらに浮上してみます。
私は東京駅の天井を突き抜けて、
東京駅を見下ろしています。
あらら。女性も私も、朝から嫌な出来事に遭遇しちゃって、
駅でぶつかるなんて、よくあることじゃないの。
そんなことでイライラなんてしてられないわよ。
さらに浮上し、私は東京の町全体を見下ろしています。
ごめんなさいね。嫌な思いをさせて。
今からじゃ遅いかもしれないけど、謝ります。
そして私も災難だったけど、さっさと忘れて、楽しい気分でいきましょう!
そう、浮上するごとに、
どうでもよくなっていった。影響を受けにくくなったのです。
たとえイメージの中だけでも、物理的に距離を置くことで、
心の中にも距離が生まれ、
自分が冷静さを取り戻すのが実感できました。
★★★★
今後、また一見嫌な出来事があったときでも
自分が浮上して共振しなくなるイメージを使って冷静さを取り戻そう。
そして常に相手にも自分にも調和と幸せをもたらすような選択ができるように。。。。
東京駅での出来事は、私に大事なことを学ぶきっかけを与えてくれた。
会う人すべてが自分の先生なんだな、と改めて思いました。
ありがとう。
大きな気づきの一日でした★
コメント
受け取ること
ありがとうございます☆
NAGISAさん
コメントありがとうございます。
自分の周囲の環境や出来事は、結果的にすべて自分が作り出したものだということですよね。
そして相手に対して怒っているのではなく
自分の感情に対して怒っている。
自分で自分の感情を害することを選択している。
だからイライラっとする前に、文句をいう前に、
「目の前にあるのは鏡なのだ」ということを認識すること。
自分の感情には自分で責任をもつこと。
が、大事なんだなって思っています。
コメントありがとうございます。
自分の周囲の環境や出来事は、結果的にすべて自分が作り出したものだということですよね。
そして相手に対して怒っているのではなく
自分の感情に対して怒っている。
自分で自分の感情を害することを選択している。
だからイライラっとする前に、文句をいう前に、
「目の前にあるのは鏡なのだ」ということを認識すること。
自分の感情には自分で責任をもつこと。
が、大事なんだなって思っています。


「自分が受け取る体勢にあること」
その通りだと思いました。
私は 自分の中の常識や基準から外れていること、もの、人などに対して排他的になることがあります。
いろいろな事、人の欠点を見つけては
自分の欠点は棚に上げて
『この人はどうしてこうなんだろう』
とすぐにイラついたり 心の中で悪口を中で言ってみたりします。
しかし、ふと遠くから見渡してみると
自分はその相手に、自己中心的な基準をあてはめているだけ。
すなわち自分の器を、その相手に投影している。
そう考えると 人に対していらっとする部分ていうのは
無意識に自分が持つ基準線や 器の輪郭をあらわにしてるんじゃないか?と思います。
また、個々の物事や人に対する感じ方は十人十色な中
自分はその部分を受け取った、感知したというのは
まさに自分が その部分と波長が合っているから、
と思いました。
ということは自分の中にもその波長が流れているということ。
んだから、
人や世の中に対する悪口とかってもしかして、
そのまま自分に対して言ってるってことか??
なんて思います。
人に対してよからぬ事を思うとき、自分の声を冷静に聴いてみると
なんか自分自身の未熟な部分をそのまま怒りとして
その人にぶつけているだけだなぁ と思うことが多いです。
それに気づくとちょっぴり
冷静になったりします。
shinkoさんの話をよんで
そんなことを感じたりしました。